「あいたて博2025」で久々に岡崎へ足を運び、『旧本多忠次邸』を見学してきました。
旧岡崎藩主本多家の子孫である忠次氏が、自ら敷地の選定から基本設計までを手掛けたこの邸宅。随所に本人のこだわりと、暮らしやすさを考え抜いたセンスが光っています。
戦後は政府施設やGHQの接収を経て、1999年(平成11年)に忠次氏が亡くなるまで、大きく姿を変えることなく大切に住み続けられてきました。
氏が自ら選んだ調度品もそのままに残されており、時を超えて氏の美意識と暮らしの息吹を肌で感じることができる特別な場所です。
建築データ「旧本多忠次邸」
【施設情報】旧本多忠次邸
開館時間:
9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:
月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始
竣工:
1932年(昭和7年)/2012年移築
見学:
一般開放
備考:
登録有形文化財(2014年指定)
【この場所の魂】
旧岡崎藩主本多家の子孫・忠次氏が自ら設計した邸宅。
ステンドグラスが美しい湯殿や壁泉、塔の庭園を見渡すサンルームなど、細部までこだわり抜かれた空間は、氏の邸宅への深い愛情を今に伝えている。
木造二階建で、全体の意匠をスパニッシュでまとめつつ、車寄の尖りアーチなど、テューダー様式を加味している。また洋風外観で内部も洋間を主としながら、二階には三室続きの和座敷を持つ。洋風生活の浸透の中で和室を調和よく取入れた住宅の好例である。
文化庁・文化遺産オンライン参照
世田谷から岡崎への移築物語
本多忠次邸は、本多忠次(1896年から1999年)が、昭和7年(1932)、東京・世田谷の敷地約7,100平方メートル内に建てた住宅と壁泉の一部を移築し復原したものです。
忠次は徳川家康の四天王と言われた武将・本多忠勝(1548年から1610年)を始祖とする旧岡崎藩主本多家の子孫です。子爵家の二男として生まれた忠次は、学習院を経て東京帝国大学文科大学哲学科で新しい時代を学びました。そして36歳の時、周到な調査と準備を行い、敷地選定から建築基本設計を自身で手がけ、約1年の時間をかけて完成させたのがこの住宅です。
元々は東京・世田谷に建っていたこの邸宅。敷地売却に伴う取り壊しの計画もありましたが、世田谷区教育委員会の調査によってその歴史的価値が明らかになりました。
その後、本多氏ゆかりの地である岡崎市へ建物の寄贈が申し出され、当時の市長の快諾により現在の東公園内への移築が決定。平成24年に復元工事が完了し、今の美しい姿を見せてくれています。
アクセスは?

アクセスは、名鉄東岡崎駅からバスで「東公園口」下車、徒歩3分ほど。公園の入口に立つと、赤い瓦と白い壁のコントラストが美しい邸宅が見えてきます。
外観の意匠:スパニッシュとテューダーの調和

外観は大正後期から流行したスパニッシュ様式。三つ並んだアーチや、円形の塔のような意匠が実に優雅です。

3つ並んだアーチ、右は円形の塔のようになって多くの窓が備えられています。
邸宅内を回ってからあらためて外観を眺めてみると、エントランス屋根の上のバルコニー、向かって右端の丸い搭には光差すサンルーム、人が集まる団欒室や食堂からは外の屋根付きテラスへ続く扉。
すべてが計算され、着飾るよりも居心地の良い暮らしのために設計されたのだと感じられます。

屋根の尖った先にはメダリオン、1階突き出し窓の上はベランダになっていますね。

右側の塔の1階は夫人室から続く日光室(サンルーム)、2階書斎のベランダになっており、突き出し窓には繊細なメダリオンがあしらわれています。

裏側からみた邸宅、瓦屋根が和風ですが邸宅内は和洋折衷で和室を備えています。
エントランス

車寄せからのエントランス、屋根の上はバルコニーになっており非常に効率的。

エントランスの扉には、繊細なアイアンワークが施されています。
壁泉

ホールに入ってまず目を引くのが本多邸の象徴ともいえる「壁泉」。
邸内には二つの立派なバスルームがあるなど、水場への強いこだわりから、忠次氏の清潔感あふれるお人柄が伺えます。

エントランスホールの床タイル。

吹き抜けになった階段室は贅沢な空間使いが圧巻。

見惚れるような優雅な曲線を描く手すり。

2階部分にはステンドグラスと丸窓。

リズムを刻むようなコの字形の階段、どこを切り取っても絵になります。
階段真ん中は吹き抜けのようになっており、1階のエントランスの様子がわかるようになっていますね。贅沢な造りです。
元応接室

1階エントランスをはいってすぐの「使者の間」、邸宅を訪問してきた使者はこちらで迎えたのでしょう。
畳敷きになっているので元は和室ですね。

応接室の向かいには洗面所とおトイレ。

洗面所にもスチーム暖房、邸宅はセントラルヒーティングだったそうです。
セントラルヒーティング

今回の「あいたて博」では、特別に地下のボイラー室も公開されていました。
驚くべきは、昭和初期にしてすでに、現代と遜色ないセントラルヒーティング設備が整えられていたことです。

こちらは電気設備かな? 1階の「使者の間(応接室)」近くの洗面所にも、スチーム暖房のパネルが設置されていました。
名古屋の「二葉館」でもここまでのスチーム暖房設備は見かけなかったように思いますが、やはり東京・世田谷という立地ゆえの贅沢な最新設備だったのでしょうか。
ロマンは内部へ!ステンドグラスの湯殿と雅な2階の世界
美しいスパニッシュ建築の外観や、昭和初期の最新ボイラー設備に感動した後は、いよいよ邸宅の深部へ。本多忠次邸の真骨頂とも言える豪華な部屋たちのディープな潜入レポはコチラからどうぞ!
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*2025年11月撮影
※ 記事の情報は公開日月時点のものです。
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