岡崎『旧額田郡物産陳列所』内部見学レポ、クローバーの窓と残された昭和のカケラの記録

三河・知多エリア(岡崎・豊橋・常滑など)

こちらの記事は「旧額田郡物産陳列所」見学のレポです。

大正時代に建築された洋風建築で現存する希少な建物であり、同敷地内の「旧額田郡公開堂」とともに国の重要文化財に指定されています。

今回は2025年3月に開催された見学会での貴重な内部の様子などを画像ととに紹介しています。

↓↓旧額田公会堂物産所の歴史的背景、アクセスなど詳細はこちらで↓↓

岡崎の歴史を刻む「旧額田郡公会堂及物産陳列所」完全ガイド
現存する希少な大正時代の西洋建築で国の重要文化財「旧額田公会堂物産陳列所」のアクセスや駐車場情報、2棟の建物が並ぶ歴史的背景や先見性、付属する看守人室について解説する。

旧額田郡物産陳列所の建築データ

旧額田郡物産陳列所について

竣工:1913年(大正2年)
意匠:スティックスタイル(ハンマービーム構造)
見学:外観のみ(重要文化財)
▶ 建築群の全容・アクセス・歴史詳細はこちら

大正2年(1913年)に「旧額田郡公会堂」と共に建設された、こちらの物産陳列所は当時の特産品や工芸品等の展示・陳列・販売に使われ、展覧会・陳列会が開催されていました。

当時は「スマートな物産陳列所」として注目を浴び、かなりの賑わいをみせていたとのことです。

建築様式は「スティックスタイル(棒状様式)」を基調とし、外壁に垂直や斜めの木材を露出させるデザインが特徴で、ルネサンス様式の公会堂とは対照的な、どこか山荘のようなカジュアルモダンな佇まいをしています。

もともとは現在の「せきれいホール」付近にありましたが、昭和36年に現在の場所(公会堂の隣)へ曳家(ひきや)され、公会堂との位置関係も変わっています。

昭和44年以降は岡崎市郷土館の収蔵庫として使われていましたが老朽化(耐震不足)のため平成22年度より閉館、現在は外観のみの見学となります。

東西の妻面と正面両翼の妻面にハンマービーム(壁面の上端などで水平に梁をはね出汁、アーチで支える手法)を用いて半円アーチで飾っています。

四つ葉のクローバーのようなモダンなフォルムの窓は明かりをより多く集めるためだそう。

半円アーチの並ぶ屋根、クローバーの形の窓、なんだかリズミカルで楽しいですね。

庇の下の「持ち送り」もカジュアルで軽やかな印象。

こちらは大通り沿いの出入口の「持ち送り」、また違うデザインになっていますね。

創建当時の模型を見ると公会堂から奥に位置する表入口までアーケードのような建物が繋がっているようにも見えます、大きく開くこちの出入口が荷物の運搬に使われていたのではないかと推測されます。
(創建当時の模型写真はこちらの記事で確認できます)

切妻造桟瓦葺き(きりつまづくりさんがかわぶき)の建物で、内部は広間一室からなり、出入口は3カ所、外壁軒廻りの小壁、内部の壁面上部と天井は漆喰塗りで仕上げています。

講堂内の荷物や備品はすべて撤去されていました。

天井中央は折上格天井になっており、天井にも明かり取りの窓があります。

満足な照明のない時代、自然光を最大限に取り込めるよう緻密に設計されたのが伝わりますね。

天井部分の船形部分には通気口も。

こちらの物産陳列所は昭和44年に岡崎市郷土館の収蔵庫として活用される前は一時屋内運動所として使用していたようです。

壁には手書きで書かれたボクシングの等級表が残されており、屋内運動場として使われていた昭和のカケラが残されていました。

さいごに

ガランとしてしまった建物内ですが、かつてはデパートの物産展のように並んだ特産品や工芸品を前に買い物をする人々の熱気であふれていたんでしょうね。

隣接する公会堂と合わせ、修復されて再び地域のランドマークとして活用されることを願います。

↓↓旧額田公会堂物産陳列所の歴史やアクセスはこちら↓↓

岡崎の歴史を刻む「旧額田郡公会堂及物産陳列所」完全ガイド
現存する希少な大正時代の西洋建築で国の重要文化財「旧額田公会堂物産陳列所」のアクセスや駐車場情報、2棟の建物が並ぶ歴史的背景や先見性、付属する看守人室について解説する。

*2025年11月、2026年3月撮影

※ 記事の情報は公開日月時点のものです。
最新状況については公式サイト、お電話にてご確認くださいませ。

コメント

You cannot copy content of this page

タイトルとURLをコピーしました